伝えるお仕事、ときどきインドネシア語

伝えるお仕事として、広報企画・制作・集計を出版社での経験をもとに手掛けている岡山市在住41歳。就労移行支援事業所で、障がいをお持ちの方の就職活動と伝える力をつける支援、企業側へ障がい者雇用の橋渡しに携わる。大学時代にインドネシア・バリに1年間滞在、ときどきインドネシア語のお手伝いも。ブラインドサッカーチームの活動、ヒトの成長・変化の観察レポートもときどき。

片付かない・片付けたくない「家のモノ」がある。

3日坊主を繰り返して、ぼちぼち継続するブログ、少し間をあけてリスタートです。

 

ある人のエピソードの中に、いつも家の中にモノが多くて片付かない、片付けたい家族と片付けたくない家族がいて結局全然片付かなくって嫌だという話を何度か聞いていていた。

 

モノがあふれる現代、お金があれば気軽に手軽にどうでもいいものまで買ってしまう、買い物グセがおさまらなくて家にモノがあふれている。必要かどうかはさておき、買い物することで何かが満たされ、どうしようもなくモノを買ってしまう。

モノを買うという行為そのものの異常性、過度な傾向はいくつか聞いたことがあった。ついついその傾向なのかなと想定していたら、違った!ということがあった。

 

ご本人のモノというわけではなく、片付かないモノの対象は「亡くなった父の遺品」だったのです。片付けたくないのはその母が、判断がつかない・つけられなくて、もう10年余りそのままなのだという。10年もたてば、もういいんじゃないの?と区切りをつけられそうなものの、いやいやその判断や踏ん切りはかなり難しいんだろうなということが伝わってきました。

 

踏ん切りがつかない母に対し、娘がいつも気にかけており、「モノが片付かない」としばしばはなしていたのです。もう整理をしてもいいのでは、処分してもいいのでは?でも配偶者である母にはどうにもこうにも判断がつかない、捨てたくない、そのままであってほしい、手を付けてはいけない気がする、まだ帰ってくるのではないか?、そのまま一緒にいる感覚を家の中に残しておきたい、どうにもできない、考えたくなくてそのままにしている、ああもうよくわからないから誰に何と言われても面倒くさいからそのまま……

きっといろいろな理由があるのだろうなと想像しました。

娘は10年も過ぎて、そのままにしているなんて、整理できない母親にいら立っているのでしょう。なくすことで気持ちに区切りがつく、物理的に整理できる、ずっと悩んでることをリセットできる、いつも同じ悩みを聞かなくて済むなど、きっと希望があるのでしょう。

この娘さんに関わって家族の話を聞く限り、家族のことをあれこれと重く思いやるよりも、自分自身が自立して前に進めることをとにかく優先してほしい。実行して前に進んでいけば、家の中もきっと環境が変わり、好転するんじゃないかと期待している。そう、他人に期待するよりもやっぱり本人が動いて波を起こし、流れを作り、変えていくことがなによりも根底のエネルギーになる。

 

さあ、少しずつでいいから、はじめよう!チャレンジしよう!

失敗なんていくらしてもいいんだから。