伝えるお仕事、ときどきインドネシア語

伝えるお仕事として、広報企画・制作・集計を出版社での経験をもとに手掛けている岡山市在住41歳。就労移行支援事業所で、障がいをお持ちの方の就職活動と伝える力をつける支援、企業側へ障がい者雇用の橋渡しに携わる。大学時代にインドネシア・バリに1年間滞在、ときどきインドネシア語のお手伝いも。ブラインドサッカーチームの活動、ヒトの成長・変化の観察レポートもときどき。

インドネシア独立記念日、日本人はどう過ごす?

8月17日はインドネシア独立記念日

祝日だ。

日本にはない祝日、2001年に滞在していたとき、どう過ごしたらよいか?ずいぶん考えた。

 

宗教行事であれば、別の宗教のお客様、参与観察者、研究者として、

入ることにあまり抵抗はなかった。

独立記念日、歴史をさかのぼれば日本人である私に、

侵略したという国をかけての事実がのしかかっていた。

それまで楽しく過ごしていたインドネシア人の友達に、

どどど、どうしよう、態度変わっちゃうだろうか?とかなり心配した。

その日は外にいられないくらい、やばいのじゃないか?とか。

 

しかし、事前にリサーチした。

独立記念日ってどんな日?と聞くと、

Ramei,ikut saja!!

(にぎやかよ、行ってみましょ。行けば分かるよ)

といったコメントばかり。

半ば祭りでもあるかのようだ。

 

誰も「来るな!」なんて拒まず、

むしろ「おいで!」って言われる。

当時の私には、??????だった。

 

当日を迎え、午前中は行政での式典が行われているようだった。

その後、広場や各所で祭りのような雰囲気だった。

いや、これは祭りだった。

夜まで続き、夜には影絵(wayang kulit)の上映まであった。

 

よそ者だけど誰も拒まず、受け入れるやさしいインドネシア人。

さらに大好きになった。

そして歴史をさらに学び、ずっと慕ってくれていることを改めて知り、ますます大好きになったことは言うまでもない。